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第三の腕 1日目 SIDE-A-

友人が、設定やプロット(筋書き)の決まっているシナリオをいつまで経っても書き始めないので、
ええいしゃらくせぇ、叩き台か草案がわりだ、冒頭だけでも俺に書かせてみやがれぃ――という、そんな小説です。


王都に暮らす女の子、孤児院の幼いキョウダイ、慌しい朝と、のどかな街の風景。

少年少女の恋の行方、時代の背後に渦巻く陰謀、きらめく星と、儚い理想。

そして、最後に唐突に降ってくるきつねの神様w


前述の通りの創作事情なのでSIDE-A-からSIDE-B-までしかありません。あしからず。







────《きつねと遊べるのは子供だけ 大人はみんな騙される》 ダイアル大陸のことわざ



その子の一日はいつも騎士への憧れから始まる。

爽やかな朝の空に、振り上げた木刀の先が陽光を反射して輝く。丹念に磨きこんだ相棒だ。
本物の剣はとびきり高額でまだ彼の所持金では買えない。

孤児院の老夫婦からお小遣いは貰っているものの、それらは全て大事にしまってあるのだ。使う気はない。

(いつか俺が騎士になったら、あの二人に楽させてやらなきゃな。子供たちにも。それから、ティルにもだ)

赤い髪をかきあげる。この寒風の中でも引き締まった筋肉質な体は汗ばんでいた。

へっ、と自嘲気味の笑みを零す。
体力がつくのは良いのだけれども、その分便利に使われる事も増えるんだよな。

孤児院の力仕事担当。薪割り、畑の世話、改修や工事。

しかし本当は外の世界に出て自分の力を試したいと思っていた。
人の世話をして暮らす。誰かの世話になって暮らす。それが性にあわなかった。

だから、こうして夜明け前に毎朝修行をする。身体を鍛える。強くなる。いつか騎士になってやる!

子供らしい、宝石よりも輝く夢をもって、今日も木刀を振るう。



その名はアレン。16歳。このパトリア孤児院の最年長。

これからへとへとになるまで剣の素振りをして、あとは趣味の魚つりでもしようかと気楽に考えていたのに、

このあと彼の家族から「どうせなら孤児院の全員が食べる分の魚、釣ってきてね。朝食にするから!」と

さらっと無茶ぶりされる羽目になることを、まだ知らなかった。





その子の一日はいつも心弾む歌で始まる。

オルゴールが静かに鳴って、海のような青い髪のその子は、ふかふかのベッドの中でわずかに身じろぎをした。

冬の朝。自分の体温で暖まった毛布から出るのに躊躇して素足をすり合わせる。

「ん、うー……ひゃうう、今日も寒いよう~」

窓からは太陽が淡く差し込んでいてあたりを柔らかく照らしている。

質素な部屋だ。
申し訳程度の古い暖炉があるが、火は灯っておらず。
あとは文机と多少の本の山、干し藁に布をかぶせた質素な寝台程度しかない。

「ゆうべは読書に熱中してそのまま寝ちゃったんだっけ…もう起きなきゃ…ん、でも…あと…ちょっと……」

なまめかしく息を吐き、二度寝の魅惑にとりつかれたまま未練がましく布団の中でもそもそしていたが、
「……なんて、そうも言ってられないよね」
やがてしぶしぶ起き上がり、足元の自分の荷物から着替えを取り出す。

そのファッションはなかなかの乙女趣味である。
おしりを包むかわいらしい花柄パンツが、特に。

こくこくと舟をこぎながら、寝起きのぼんやり顔で窓をのぞくのは鏡代わりだった。
「…あは、ねぐせ発見ー」
頭頂部に髪がひとすじ跳ねていたので指先でクシクシと整えて、ボクも櫛くらい買わなきゃ、と思う。


今日の朝食は何にしようかな、と考えながら窓の外を見ると、
孤児院の裏庭で、兄のアレンが上半身裸で木刀の素振りをしていた。すごい。こんなに寒いのに。

横に割られた薪の山があり、手斧といっしょに兄自慢の釣竿が置いてある。
カチカチカチ、ぴーん。頭の中で今朝の朝食の献立のレシピが完成した。

「やった。お兄ちゃんが魚を釣ってきてくれるなら朝食はそれにしようっと。
あとは玉葱のスープも欲しいな、付け合せは――ポテトで決まりだね、うんっ!」


ぱぁっとヒマワリのような笑顔で、嬉しさをいっぱいに跳ねるように部屋の外へ、階段をタンタンと下りていく。

寝ぼけていた頭はすでにしゃっきり覚醒している。

だから、階段の途中で「きゃわわわっ」と声をあげて転んだ事実を、朝の所為にはできなかった。


その名はティル。14歳。文学少女さながらに頭が良くてちょっとドジな、このパトリア孤児院の家事担当だった。





その子の一日はいつも胸踊るような恋の予感から始まる。

王都のブラウニー商会本店から、荷物を積んだ小さな馬を引き連れて「いってきまーす!」と元気に飛び出す。
パパとママがいちゃいちゃしながら朝食を食べるのに付き合ってはいられない。私だって忙しいのだから!

街の中央通りを急ぎ足で駆け抜け、噴水の広場から脇道に入った。
そこから先にはすこし長いゆるやかな坂道があって町外れの孤児院につづいている。
朝の気持ちいい新鮮な空気をめいっぱい吸って、小鳥のさえずりのように息を弾ませながら傍らの馬に話しかける。

「ちょっと遅くなっちゃったね。みんな、お腹を空かせてるかしら?」
ブルル、と馬が答えてたどたどしい足取りを早める。急がなくていいよ、馬の首筋に手をあてて落ち着かせる。


「ふふ、だーいじょうぶ。
このパンは美味しいから、たとえ食いしん坊のアレンだって何時間でも待ってくれるわ。

……それより…ねぇマーニャ、
毎朝パンをもってく理由が『うっかり多く焼いちゃったから』っていうのは…もう無理があるかな?」


恥ずかしそうに呟く。少女の頬はわずかに紅潮していたし、その幼い胸は幸せに満ちているようだ。

幼い馬はよくわからないといった表情で首を傾げ、その拍子に、
背中に積んだ牛乳のビンがたぽん、と間抜けな音をたてた。



その名はカチューシャ。14歳。だれにも秘密なのだけど、彼のことが大好きだった。





【第三の腕 一日目】
王暦3400 12月 羊曜日 パトリア孤児院



パトリア孤児院は、菱形のパビロニア王国において最も賑やかな地区、繁華街のある《南側》に存在していた。
すこし街の中央から離れた寂しい場所。
森に隣接して建っている白い教会風の建物。庭つき、泉つきの2階建て。
屋根裏がティルの秘密の書斎で、2階が年長の子供たちや老夫婦の部屋で、1階が礼拝堂を改造してつくった食堂だった。



その光差す食堂に似つかわしくなく、疲れきった表情でテーブルに突っ伏している者がいる。

頬にかかる程度の、柔らかな青い髪。おっとりしたナッツ型の眼。形の良い唇。
丁寧に洗濯された清潔な学者コート。

その下は乳白色の部屋着で、薄い胸を覆っている。首筋が露出するので、寒い。
ホットパンツからすらりとした細い足。
すこし分厚い毛皮のブーツは兄からのお下がりだった。少々ぶかぶかだけど気に入っている。

いかにも女の子らしい細い身体に締められたベルトの腰のあたりに
採取用の短剣とポケット版世界図鑑が取り付けてあるのを見ると、その子はどうやら学者志望のようだった。

気弱そうな眉をいかにも困った風にひそめ、頬をぺたーっとテーブルにつけてため息。
26名もいる幼い子供たちとの、戦争のような朝食会を終えたばかりのティルである。

「つっ…疲れたぁー」
「あははっ、お疲れ様だね。お茶いれたから飲んでよっ」

そう言ってティーセットから湯気のたつ紅茶を注いで差し出した三つ編みの少女は、友達のカチューシャだった。
こちらはエプロンドレス。いかにも村娘といった風で、素朴で可愛い。

ティルはカップを受け取って一口。
「うんっ、美味しい。ぼく、カチェのいれる紅茶が好きだよ」と素直に感想を言う。


ムダに男らしい兄の影響だろうか、ティルは少年と少女の中間のような喋り方をする。
もーっと昔は一人称が「おれ」だったり「ティーちゃん」だったりもした。いずれも幼児のときの話だ。


えへへ、と嬉しそうにお盆で口元を隠すカチューシャだったが、
「温度にこだわればもっと美味しくなるね」と言う友人の台詞にがっくり肩を落とした。

彼女は料理が得意ではなかった。そこを指摘されると辛い。味より気配りを褒められたい乙女心である。
しかし(この無邪気さがティルの良い所だよね)とすぐに不満を引っ込めた。
穏やかな優しさを持つ少女なのだ。


「ふうっ、美味しかった。ごちそーさまー!」

紅茶のカップを下げてすぐに洗いながら、普段おっとりしているティルは珍しく愚痴をぼやく。


「やっと人心地ついたよーありがとー。
ウチはね、朝は本当に手が足りないんだよー。腕が3本欲しいくらい!」

「ふふ、そうみたいね」

「それなのにお兄ちゃんって料理を手伝ってくれないんだよ。
いつも修行ばっか。恥ずかしいから服くらい着て欲しいのに、もうっ」

実際、パトリア孤児院の朝は誰でも根をあげるほどに忙しいのだ。
兄が手伝うのは食材の調達と配膳くらいで、あとはほぼ完全にティル任せである。
ティルの料理の腕がめきめきと音を立てて上達したのも当然だった。


「“騎士は厨房なんかに立たねーのさ”だっけ? 悪いお兄ちゃんよね」

カチューシャは微笑みながらアレンの声真似をした。それが絶妙に似ていたのでティルも笑う。
カチェは本当によくお兄ちゃんを観察してるんだねー、と思う。


三人は幼馴染で、初めて会ってからもう10年ほどにもなる。

その時からずっと仲良しで離れがたい存在である。叶う事なら一生一緒に居たい、と皆が思っていた。
その気持ちの温度は、それぞれで多少違うかも知れないけれど。



カチューシャが初めて孤児院でティルとアレンに出会った10年前のこと。

ティルは4才。同い年ですぐ仲良くなれたが、
アレンとは…そう簡単にはいかなかった。

彼は孤児院に拾われてきた当初は、牙を剥いた狼のような、他者を拒む瞳をもった荒んだ男の子だったから。

でも、アレンの瞳はティルに向けられるとき、暖かいお日様のような慈愛に満ちた優しい輝きに変わった。
そして、ティルの瞳もまた、大好きなお兄ちゃんの光を受けてお月様のように安らかに笑うのだった。

今でも覚えている。
誇り高いダイヤモンドに似たその瞳に、カチューシャは幼いながら一目惚れをしてしまったのだ。

そして、大きくなった今でも、夢を語る時その瞳はあの頃を思い出したかのように輝くのだ。
4歳という幼すぎる初恋だったが、その一目惚れは成就することなく、破れることもなく今に至る。

変わったことと言ったら、女の子が少女になり、男の子が少年となったことくらいだろう。

ふたりの関係に進展はない。

彼女が恋心に臆病であった訳ではなく、少年が異性から向けられる好意に鈍感で――
つまりは恋愛オンチなのが一番の理由だったようだ。

おそるおそる手を握ってもぼやーっの別のことを思案している。
商店街にデートに誘っても他の子に遊びに誘われ飛んでいってしまう。
眼をまっすぐに見つめ、好きですと言っても、笑顔で「おれもこの街の皆がすきだ」などと抜かす。

ずっと幼い時、頬にキスをしたことさえあったが、彼はびっくりしただけで、特に深い意味があるとは考えなかったようだ。


もうこうなったら押し倒すくらいしか方法はないんじゃないかしら、とすら思えるほど、

少年は恋を知らず、無邪気だった。

わたし達がもっと大人になったら少しは意識してくれるかな、振り向いてくれるかな、と。
少女はジレンマに陥り、やきもきしたりもしたのだが。

10年後の彼と彼女に、いまのところその気配は、無い。



しかし。



しかし、である。



なんと今日この良き日に、カチューシャは自らの恋心を相手に伝えるという、一世一代の決意をしていた。


「あ、あのね、ティル。笑わないで聞いてくれる?」
「うん?良いよ何でも話して」
「…今日ね…ずっと好きだった人に、プロポーズしようとおもうの」


プロポーズ。
結婚の約束。

彼女の唇から発せられた非日常的な言葉に、一瞬ティルはポカンとして、
それから堰を切ったかのように興奮しはじめた。

「…へぇー!そうなんだ、カチェったら、やるう!好きな人がいるんだ?」
カチューシャは顔を真っ赤にしてこくりと頷く。その姿が可愛くて、ティルは自分のことのように喜んだ。

「それならぼくも応援するよっ」
「…ありがと」
「相手は誰なの?ぼくの知ってる人かなぁ」
「うん、ティルは勿論わたしにとって一番身近な男のひと、かな。…まだ分からない?」

照れながら上目遣いでこっちを見る少女に、なんだかクイズの答えを焦らされている様な気分になる。
ふふ、誰だろう、その男のひとって幸せ者だね。

「分からないけど、その人はカチェの気持ちを知ってるの?」
「ううん、まだ気付いて貰えてないみたい」
「あは、じゃあプロポーズされたらビックリするだろうねっ」

想いすら伝わってないのに一足飛びにプロポーズに到達するあたりが、
妄想しがちで暴走しがちな恋する少女といったところだが。

カチェが恋してる少年の鈍感さを思えば、あるいは少女の長年の切なさを思えば、しょうがない結論でもあった。


青髪の子はかわいらしく頬を桜色に染めて椅子から立ち上がっていた。
「ああ、なんだか自分のことみたいに嬉しいよ!ぼくに手伝えることがあったら何でも言ってねっ」

「うんっ、ありがとう――じゃあ…」

カチューシャはティルと一緒に買い物に行きたいということと、アレンを誘って欲しいという事を伝えた。

行き先は町の雑貨屋さん。

そこで髪飾りを買って、お洒落をして、それから…
街の外壁の上で夕焼けを眺めながら、星が出る頃には、きちんとこの想いを伝えよう。

そう決心して…だけどまだドキドキしていて、勇気を分けて貰いたくて、彼女はティルの手を握る。
彼女の優しい友達は微笑んで握り返してくれる。

(なんて言おう…「将来は一緒にお店をやろうね」…?
ううん、彼が孤児院の若旦那になって、わたしがその奥さんでもいいな…。
とにかく、とにかくこれからもずーっと、ずーっと一緒に…)

ちいさな恋のメロディで踊るちいさな自分の胸を精一杯におさえこみながら、
姉妹のように仲の良いカチューシャとティルは、それから数時間後、アレンを誘って買い物に出かけた。



街の《南側》 フォクスレイ大通り アン・マリーの雑貨屋



「はーん。俺、この辺にはめったに来ねーんだけど…まぁたまには良いもんだな」

赤髪の少年は(ティルに煩く言われた通り)泉で水浴びをして、
普段着である革の軽鎧と木刀という格好に着替えてから待ち合わせ場所に現れた。

ぽりぽりと頭を掻きながら、物珍しそうに雑貨屋のある通りを見回す。
店頭に掲げられている水牛の角でできたランプに御執心だ。


「もうっ、お兄ちゃん遅いよー。
待ち合わせにおくれる男はモテないんだからねっ」

アレンの右腕には彼の年下の…義理とはいえ、妹も同然の存在、ティルがぷんすか怒りながら腕を絡ませていた。
冬も近いのに相変わらず露出が多い。生足もあらわなホットパンツ。肌も透き通るように白い。
華奢なその身体は、なぜかティルより発育が良いはずのカチューシャよりも女性らしく、色っぽく見えた。


筋肉質なアレンとべったりくっ付いているから尚更だ。
(寒くはないのかな、この似た者同士のきょうだいさんは…)

カチューシャはティルほど露骨にべたべたは出来ず、
しかし名残惜しむような迷っているような微妙な距離感をとっていた。

手を伸ばせば届く。わたしも彼とあんな風に腕を組んでみたい…。

いや、やっぱり恥ずかしい…。


もじもじしている所に、なんとアレンが「ほら迷子になるぞ」といってあっさり彼女の手を取った。
(きゃっ!?)
息が白く凍るほどの冬の通り。暖かさに驚いて、一瞬身を引こうとしたけれど強引に引っ張られてしまった。

「ちょっとアレン、痛いよ」つい冷たい口調になってしまう。
「へっ、ガキみたいに手ぇ引かれるのが嫌なら、腕でも組んでみるか?かっかっか」

カチューシャは妄想が見透かされたような気がして、むくれて真っ赤になった顔を伏せることしかできなかった。


結局アレンは右手にティル、左手にカチューシャを連れて人ごみのなかを闊歩していった。
“両手に花”である。
肝心かなめの彼の嗜好は“花より団子”だったけど。



異国の香りがするアン・マリー雑貨店の天井には煌びやかな色彩の織物が垂れ下がっていて、
陽の光をちょうどよく遮っていた。

風通しのよい店内。若い女主人はカウンターで猫のようにあくびをする。
木彫りの柱に吊るされた香辛料や干した薬草。
棚に並ぶのは生活雑貨…食器やナイフ、砥石、裁縫道具やブローチ。

カチューシャのお目当ての髪飾りもそこにあった。


小指ほどの大きさの、鳥の羽根型のピン。お値段は銅貨35枚。
ブラウニー商会の跡取り娘である彼女の(やや潤沢な)お小遣いなら難なく買える品だった。


「最近髪が伸びてきちゃったからまとめて結い上げようと思うの。ね、ティル…どうかな?似合う?」


カチューシャはさっと髪を持ち上げてピンで留め、ティルに感想を求めた。

ティルはその時、棚に立てられた銀の料理用のナイフを熱心に眺めつつその値段に戦慄していた所だったので、
(この小さなナイフがこんなに高価いなんて…お兄ちゃんが剣を買える日は遠いなぁ…)
彼女の言葉に急に反応できず、「え、うん、なんの話?」とうろたえてしまう。

少女はぷーっと頬を膨らせて怒り、ティルは慌てて褒め、アレンは「似合わねぇ」とばっさり言い切って袋叩きにされる。

女主人はそれを見て青春だねぇ、などと呟いていた。



「あ、この布、手触りがいいなー」
あれからすぐ機嫌を直し、店内の布にくるまって遊んでいた少女が嬉しそうな声をあげる。

(天井から垂れている布にも隠れんぼをする子供のようにくるまろうとしたので、
女主人が「天井の梁がグラついてるんだ、やめとくれよ」と抗議した)

彼女の首から肩にかけてをさらさらの薄いスカーフが包んでいる。生命力を含んだ緑。

「トワレヤ諸島産ですって。紋様の織り方もすごく上手だし、きっと腕のいい職人さんがいるのね」
「ほんと、綺麗だね。カチェの髪の色に似合うよ」

実際、今日のカチューシャはいつもの何倍も可愛かった。恋する乙女補正だろうか。
すこしだけ寂しさに似た感情がティルの胸を刺したが、
いまは友達として、元気にはしゃぐカチューシャを応援してあげたいと思う。


ティルはなんだかそのスカーフをプレゼントしてあげたくなって柱にかかっていた値段のメモを見た。《時価》。
(う…結構高そうだ…ぼくの財布には…えっと、銅貨が18枚か。つけにして貰えるかな…)
鏡をのぞきながら巻き方を研究しているカチューシャをおいて、こっそりと女主人に聞きにいく。

「すいません…あのスカーフなんですけど、幾らぐらいするんですか?」
彼女は「んー…」と値踏みをするようにティルの顔を見て、悪戯っぽく笑った。
「君の財布のなかみ半分でいいよ」

えっ、と思った。とてもそんな子供の小遣いで買えるような代物には見えない。

「いいさ、あれの織り手さんはいつも遠くから売りに来て、タダ同然の賃金しか取らないんだよ。
こっちは幾らで売っても損しないから、客を選んで足元見たり振っ掛けたりサービスしたりできるのさ」

いかにも商売人といった蓮っ葉な感じで女主人はウインクをし「私は恋する子の味方さ。がんばれよ、少年」と言った。

(恋する…しょ、少年?…違うんだけど)
どうも誤解されているらしい。

ティルは、カチューシャの背後に忍び寄りスカーフを上に吊し上げて遊んでいるアレンの方をちらりと見た。
「もう、なんてことするの!息が詰まったらどうする気よ」
「ははっ!そしたら人口呼吸でもしてやるよっ」

じゃれあっている二人。カチューシャは嫌がっているが、やはりどこか普段とは違って見えた。

(あ…カチェが好きな人って、もしかしたらアレンなのかも知れない…)
ティルは不意に、なんとなくそう理解した。

寂しさがいっそう痛む。喉に刺さった小骨のように。


3人はスカーフを手に雑貨屋を出た。
スカーフを買えると知ったカチューシャの喜びといったら表現のしようがなかった。もうにっこにこである。

踊るように、跳ねるように、通りを歩いた。
(まぁいいや、あんなに喜んでくれたんなら)
しつこく彼女に悪戯したりからかったりしている兄の袖口をきゅっとつまんで、ティルは微笑み、白い息をたなびかせる。


(ぼくが、お兄ちゃんみたいな男だったら良かったのに)


そしたらカチューシャは。


それ以上はもう考えないことにした。





噴水広場


噴水広場は街の中心地であり、分岐路であり、観光名所でもある。

美しい白亜の噴水には人魚の像がたたずんでいる。
広場を囲む家々の赤い屋根にはこの街の紋章が架けられ。
その屋根のむこう、遥か遠くに雄大なバビロン山の姿が見えた。

広場から《北側》が、バビロン山を背景に聳え立つ王城エリア。一般市民は立ち入り禁止。
《西側》がモンスターと冒険者がせめぎあうシリウスの森エリア。
危険な未開拓地なので、王城とは違う意味で一般市民は立ち入り禁止。

《東側》が住宅地と学校がある生活エリアで、
《南側》が市場や商店が立ち並ぶ繁華街エリアだった。


ぽかぽか日の照る陽気な午後。
ここはバビロニア王国の衝突地点(ターミナル)なので、様々な層の人間が群れていた。
荒くれ者の冒険者、優雅に日傘を差した貴族、柔和そうな牧師さん、黒衣の男、馬車を引いた商人。


その人々が通りすぎる際に必ず目を奪われていく存在があった。
見蕩れる存在がいた。


腰まである透き通るような青い髪を風に遊ばせて、
かすかに頬をピンク色に染め、冬の空気のなかで楽しそうに息を弾ませている。
さらさらと、水の精霊が踊っているかのような艶のある麗しい髪。

幻想的とすら言える。その髪に、その表情に、人々は魅了されていた。


年端もいかぬ少女のように純粋で、無邪気。
おっとりとして能天気で幸せそう。
しかし時折みせる物憂げな表情には、年に似合わぬ儚さがあり、艶やかさがある。
誰もが(百人いれば百人とも)稀代の美少女と言うだろう。
神話に登場する無性別の牧神パーンのようだと評する者もいるかもしれない。


それは、スカーフのお返しにと髪飾りをプレゼントされ、
せっかくだからと今迄フードに隠していた長い髪をひっぱりだしたティルであった。


「ふふ、私よりティルが着けた方が似合うかも」
「そ、そんなことないよ」
「ティルが髪を伸ばしてるとこ見るのも久しぶりよね。やっぱり綺麗ー」


ティルは生まれてこの方、その綺麗な青い髪を切ったことがなかった。
だから、普段はコートの背中のフード部分に納めているが、実は腰くらいの長さがあった。
切らない理由なんて無いけれど。
むしろ「可愛いね」とか言われて男の子に声を掛けられたりするのが嫌で隠しているくらいなのだけど。
カチューシャに褒められると悪い気はしなかった。


頭につけた髪飾りにそっと触れる。小指ほどの大きさの、鳥の羽根型のピン。
(驚いたことに)自分の外見にコンプレックスを持っていたティルだったが、少しだけ、勇気が湧いてくるのを感じた。



「ほらよ、昼飯代わりにパンと飲み物買ってきてやったぞ-…って、かかかっ、なんだぁ?その髪型w」

広場の真ん中にいた二人の元に戻ってきたアレンが、両手と頭の上に食べ物を載せながら開口一番笑い出す。
彼もティルのその女の子らしい髪型を見ることは稀らしい。
まぁ、だいたい寝起きはボサボサだし日中はフードに隠しているからだ。たまに見るのは風呂上りくらいか。


「おもしれー、女みてー」
「笑わないでよ。もう」
「だぁってよー」

ゲラゲラ笑うアレンに、意地になったようにつんと横を向いたままティルが言い返す。
「女だもん。もうお兄ちゃんとじゃなくてカチェの家で妹として暮らすんだもん」
カチューシャは一瞬驚いたがすぐ冗談めかした口調で言う。
「そうね、こんな酷いお兄ちゃんの所なんて出て行ってうちの子になっちゃいなさい」

「かかっ!まぁそんな怒るなよ。
可愛い妹ちゃんの為にとびきり美味いサンドイッチを選んできたんだぜ。ほら、食べな」

彼は無造作にティルの前にパンをつきだす。ティルはしばらく怒って横を向いていたが、やがてその美味しそうな匂いに抵抗できずにぱくんと一口パンを食べた。




噴水広場には街のシンボルでもあり紋章の図案にもなっている有名な記念樹《東のアルジール》があり、
その子供のてのひら似た柔らかな葉は、冬の午後の穏やかな太陽に透けて輝いていた。

ティルとカチューシャはその木陰の長椅子に並んで座っている。
カチューシャのエプロンドレスの膝元にはらりとその葉が落ちてきて、彼女は微笑む。


「もうすっかり冬ね…あ、そういえば、これって何の木なのかしら」

「イチジクだよ。落葉樹だからほんとはこの季節には枯れ木になっている筈なんだけど…
これは果実都市で作られた特別な株なのかもしれないね。
そうだ、珍しいから世界図鑑に【スケッチ】しておこーっと」


ティルはそういって細い腰ベルトの左側からちいさな図鑑をひっぱりだす。
手のひらに収まるサイズの文庫だ。
王都の学者志望の青年などがよく使う“自動書記”の魔術がかけられた魔道具であり、とても高額なものだった。

ティルは【植物】の項目から白紙の頁を探すと、そこにアルジールの葉をはさみこんだ。栞のようである。
ぱたんと綴じて、革の表紙にしばらく手をあてて眼を瞑っている。
情報を書き込んでいるのだ。
挟み込んだ葉が挿絵として、頭のなかに思い描いた言葉が解説文として、それぞれ白紙の頁に書き込まれている。

「よしっ」
立ち上がり、今度は右腰からとりだした採取用の短剣で《東のアルジール》から実をもぎ、同じように挟む。
厚みのあるイチジクの実も簡単にページの隙間に溶け込んでいった。


ふたたび眼を閉じるティルの横顔を、カチューシャは愛しそうに眺めていた。
「ティルは昔から勉強熱心だよね」
「ふふ、学者になるのはぼくの夢だもん」【スケッチ】をしながらそう答える。


騎士になるのがアレンの夢。
商人になるのがカチューシャの夢。
そして学者になるのがティルの夢だ。


三人の子供たちは三者三様に輝かしい夢を夢見て、明日への期待に胸を膨らませながら生きていた。


(でも)
とティルは思う。


ブラウニー商会の一人娘で、将来家を継ぐことが殆ど決まっているカチューシャに対して、アレンとティルの状況は厳しかった。
ふたりとも孤児院生まれであることがその理由だった。

アレンの場合、騎士になるにはどうしても飛びぬけた実力が必要なのだが、
この世界において強くなるには【恩恵】の有無が非常に大きな要因となる。
恩恵。世界図鑑のその項目を開いてみる。


【恩恵】

八柱の神々よりもたらされたと言われる全ての生き物に宿る力。
『恩恵』『寵愛』『恩寵』『祝福』『加護』と状況によって言葉が使い分けられる。
※あまり覚えなくてもよい。

この力を発現できるモノは全ての生き物の中でごくわずかで、おのれの意思と理性で制御できる物は人間だけとされている。
基本的に一人の人間に宿る恩恵は身体の一部分に一つの力のみで、複数箇所ともなれば神に愛された存在とされる。
また、宿った恩恵が何らかの要因で強まり、精神まで満たされると、神の名に対応した属性の魔法を扱えるようになる。
恩恵を受けた人間のことを 恩恵持ち 、魔法を使える人間のことを 寵愛持ち と呼ぶ。

身体の一部位の場合は『恩恵』と呼ぶ。
恩恵が精神に宿った場合は『寵愛』と呼ぶ。
複数箇所に宿った場合は『恩寵』と呼ぶ
無機物に宿っている場合は『祝福』と呼ぶ。
対応する神の力を打ち消す場合は『加護』と呼ぶ。



バビロニアの国民は全て生まれた時に教会で祝福をうけ、その魂に宿った恩恵の有無を調べる儀式を行う。
実際に恩恵が発現するのは1000人にひとりも居ないのだけど、それでも潜在的な恩恵の属性や色や傾向を知ることができる。
強くあろうとする人間はみな、己の恩恵に沿うような努力をし、その発現を促すのだ。


しかし孤児院で育ったアレンとティルは、捨て子なのだ。
親の顔も。当然受けているべき儀式も。自分の運命の方向性も。なにもかも知らない。


成長してしまった今となってはもう恩恵の有無を調べる術はない。
恩恵がない限り、よっぽどのことがないと騎士にはなれない。
アレンはその「よっぽどのこと」に縋って、伸ばすべき箇所もわからないまま闇雲に修行をし続けているのだった。

剣も買えず、木刀を振るうアレンを笑う者もいたがティルは決して兄を笑わない。
騎士になれると信じてる。
その壮絶な努力を世界中の誰よりも近くで、毎日のように目の当たりにしているのだから。



かくいうティルの夢も道のりは遠かった。
学者になるには、恩恵はともかく、お金が必要なのだ。
いちばん基本の装備でしかない世界図鑑ですら目が潰れるほどの値段。
いま持っているそれも、老夫婦がティルの10歳の誕生日にと、孤児院の離れ小屋を売り払って買い与えたものだった。


それでも、まだまだお金がかかる。
冒険者の羽根ペン。
虹の魔導書。
サイクロプスの虫メガネ。
王立学習院の入学費用。
学者の証“叡智のペンダント”。
自分の研究施設をもつなら幾ら。弟子をもつなら幾ら。冒険者を雇うと幾ら、調査に幾ら。鑑定費用は…


孤児院生まれで毎日家事に追われるティルにとって、学者になるなんて王族にでもならない限り実現しえない夢だった。



(どうしてぼくの手はこんなに小さいんだろう)
孤児院の子供たちの世話をするので精一杯で、幼馴染の手も握れず、夢さえ満足に追えない。
(もっと強くなりたいな…もっと大きくて、なにもかも包み込める手が欲しい…)


口いっぱいにパンを食べているカチューシャをみつめる。


スカーフの値段、銅貨9枚。
髪飾りの値段、銅貨35枚。


あげた物と貰った物の値段が釣り合わない。
カチェとぼくの身分も、きっと。
本当は釣り合わないものなんだろうな


ティルがそんなことを気にしていることに気付かず、少女は「?」と首を傾げていた。




街の南側 商店街入り口

広場の出店をひかしたり、猫と遊んだりしてゆったりした時間を過ごしていると、だんだん夕方が足音をたてて近付いてきた。

空が夕焼けに染まり、イチヂクの葉も茜色。
尖塔の形に伸びた影が広場の美しい石畳に映えている。
人々の群にも買い物を終えた主婦の姿が増え、皆帰路についている様子だった。

吟遊詩人の奏でる情熱的な喇叭の音が街角に響く。


ふたりは背伸びをして、並んで歩く。目で心を交わす。今日は楽しかったね。

「あれ、お兄ちゃんはどこに行ったんだっけ」
「アレンなら肉が美味かったって言ってさっきのサンドイッチ屋さんにおかわりしにいったわよ」
「えー…朝食もあんなに食べてたのに…すごいなぁお兄ちゃんは」
笑いあう。


そのとき、二人の目の前をてててっと通り過ぎる者がいた。


ダスワン防具店の三男、ドラム君(10)だ。 鎧をいくつも重ね着した臆病な彼が、
「――うひゃぁあ!」
とか言いながら何かに追われるように短い手足をバタつかせて走っていた。

「配達の途中なんだよ、邪魔すんなよー!」
その後ろを2人の悪ガキ達が追いかけているのだ。

「へっ、するなと言われたらよけい邪魔したくなるんだよ、おれたちゃよー」
「待て待てー、背中にカエル入れてやるー」

ザックとワイルダーだ。
ティルと同世代だけど、街の北側《王城エリア》の生まれで、孤児院生まれのティルを何かとからかう悪癖があった。
鼻の頭に傷のある乱暴者のザック。ポチャポチャと太った皮肉屋のワイルダー。
どちらも、ティルはあまり好きではない。


──ので。
「やめなよ」
足をひっかけて転ばせた。


「ぶべっ!」地面にキスをしたふたりが同時に叫ぶ。ちょっと面白いと思ってしまった。


「な、何をするんでい!あっ、てめぇは孤児院のがきじゃねぇかっ」
「がきって、ぼくと君たちは同い年でしょ?あんまり悪ぶっちゃっても格好悪いよ」

「けっ、うるせんだよバーロー」
ザックが毒づく。上品な王城エリアで生まれたにしては妙に口調が訛っているのが彼の特徴だった。
「そうだそうだー、ナマイキだぞー、この男女ー!」
もう見るからに腰巾着なワイルダーが囃し立てる。


「ちょっとあんたたち、弱いものいじめはやめなさいよ!」
正義感の強い女子であるカチューシャが背後にドラム君をかばいながら怒鳴るが、
(弱いものってはっきり言うのもどうかなぁ…)とティルは思う。
当のドラム君は両手に配達物であろう盾を構えてぶるぶる震えていたから、まぁ言いえて妙だったかもしれないが。


ザック達は怒りと羞恥で赤く染まった顔をみあわせ、ぎん、とティル達を睨みつけた。
「やめろと言われたら」
「よけいやりたくなるんだよなー、おれたちは」


(うっ…ちょっとまずかったかな…)ティルの今更ながらの後悔。

広場の南側、商店街の入り口に近い街道。
ザックとワイルダーは逃げ道をふさぐように広場側の道を封鎖する。
ティルとカチューシャは自分より随分背の低いいじめられっこを背に、二人のいじめっこと向かい合う形になった。


小声で言う。
(カチェ。ドラム君を連れて先に逃げて)
(いいけど…ティルはどうするの?)
(どうにかするよ)

ティルは声を震わせないよう気をつけて、微笑んでみせた。
少女は心配そうに頷いて、じゃぁ町外れの古城跡で待ち合わせね、と言った。
ドラム君は、ごめんね、あんなやつらカンタンに倒せるんだけどちょっと今風邪ひいてて…と大法螺を吹いた。


「なにをゴチャゴチャ話してやがんでいっ」

その怒声を機にカチューシャが走り、彼女らが逃げたのとは別の方向にティルも駆け出す。

「ザック!こっちにきな、ぼくがあそんであげるよっ」


わざと高らかに笑い声をあげ、さらさらの青い髪をひるがえし、元気よくカモシカのような脚で駆け出すティル。

(今日はカチェの大事な日なんだ…お兄ちゃんにも頼っちゃダメだ…)

身体は華奢で細いけれど。
世界一誇りに思っている兄から、騎士道精神を受け継いでいる。文学少女さながらの――。

(――ジャマなんかさせるもんか!)


その子の勇気をうけとめるように、夕焼けの空に、きらりと流れ星が光った気がした。




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[ 2012/07/25 14:32 ] 小説 第三の腕 | TB(0) | CM(0)

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